香山リカ「サンキュー、なんJ民」

2ちゃんねるはそれ自体、差別ネタや歴史修正主義ネタの温床となってきたことが否めないのだが、
実はそれに背を向ける、いわゆるリベラル的色彩の強い一面もある。その代表が「ニュース速報・嫌儲（けんもう）板」と
今回の主役となった「なんでも実況J（略称なんJ）」だ。私は野球が好きなのでしばしばこの「なんJ」をのぞいて
いるのだが、【中略】「なんJ民（なんJに集う人という意味）」は野球そのものが好きなあまり、たとえば
メジャーリーグにいる日本人選手を国威発揚に利用する動きにも否定的である。「大谷選手はすごい」が、
「『大谷選手は日本の誇り』ではない」というのが彼らの共通見解であるように思う。だから、偏狭な
ナショナリズムにも批判的である。そして、彼らはいたずら好き、遊び好きであり、これまでも何度となく
「祭り」と呼ばれるムーブメントを起こしてきた。ただし、その中にはおかしな発言をしてしまった人の
個人情報を割り出しそれを公開するという、人権侵害に相当するようなものもあり、そこに関しては私も到底、
同調はできずにいた。

これは従来のリベラル界隈からとはまったく関係ないところから出てきた、新しい反差別や反歴史修正主義の
動きである。つまり、自称ノンポリ、野球好きの若者たちから見ても、いまの動画やネット放送などの
世界の極右カラーは、「なんだこれ」と異様に思えるのである。その点、むしろそれをずっと見せられてきた
リベラル派のほうが鈍感になっていたかもしれない、という反省がある。「若者がヘイトのひどさに気づいてくれた」
と私たちとしてはぬか喜びはできないのだが、今後、期待を込めてその動きを見守りたいと思っている。
サンキュー、なんJ民。

月刊創　2018年7月号